Self and Beyond: アイ・チョー・クリスティン、リナ・バネルジー、マリア・ファーラ

Overview

オオタファインアーツでは、アイ・チョー・クリスティンリナ・バネルジーマリア・ファーラによるグループ展Self and Beyondを開催いたします。オオタファインアーツシンガポールより巡回する本展は、3名の女性アーティストによる作品から、都市社会の中に潜む個人の感情、自己を演出する身振りやアイデンティティのあり方といった「自己」というテーマについての問いを広げながら探求します。

 

アイ・チョー・クリスティン(1973年、インドネシア生まれ)による《Am I Smiling?》(2016-17年)は、柔らかさを含んだ乳白色の下地に、オイルバーを幾重にも重ね合わせて構成された絵画です。アイ・チョーはこのような重層的な絵画を通して、人間の本質を観察し、考察してきました。個人の内側にある感情と、他者に対して演出する自己という二面性について探求するアイ・チョーは、線描的なストロークと鮮やかな色面を通して、自身の内面に抱える極めて個人的な感情と、外向きのプレゼンテーションとの対比をキャンバス上で共存させています。『私は笑っている?』という作品タイトルにあらわれているように、その二面性のはざまにある作家の強い感情的な葛藤をこの絵画に見出すことが出来ます。同時に、一種の瞑想状態のようなどこか掴みどころのない静けさも漂っています。この矛盾した鑑賞体験から、「自己」という問題の複雑さを感じ取ることができるでしょう。

 

マリア・ファーラ(1988年、フィリピン生まれ)の絵画には、彼女の日常生活や記憶の断片に由来するシーンが描かれています。彼女は作品に個人的なテーマを盛り込みながら、現代の女性の自己演出やふるまいを探求しています。彼女が生まれたフィリピンの伝統的なデザートであれ、日本の下関で育った幼少期の思い出であれ、あるいは現在住んでいるロンドンのショーウィンドウやパン屋であれ、ファーラはこうした光景の具体的な瞬間をとらえ、匿名的な女性キャラクターを登場させることで、それぞれの日常の瞬間を生き生きとさせ物語を生み出しています。出品作の《Airliner》は、同一の制服を着る客室乗務員や空港のグランドスタッフの身振りと社会的な役割との関係を表現した三連画です。3枚の絵に描かれている女性キャラクターは同一の制服を着つつも、スカーフやリボンの結び方、ヘアスタイルなど、それぞれの細かな着用法は異なっており、制服によって与えられる社会的制限と個人の自由のあいだを揺れ動いています。

 

リナ・バネルジー(1963年、インド生まれ)は、コルカタとニューヨークという遠く離れた文化が混在するコミュニティで育っています。彼女の創作は多岐にわたり、東洋と西洋の境界を乗り越え、両者を融合しています。とりわけ多種多様な素材を取り扱いながらそれらを組み合わせていく手法において、作家の豊かな感受性が際立ちます。バネルジーは、それが絵画であれ彫刻であれ、コラージュという技法によって、同じ枠組みの中でも異質な現象が共存可能であることを示し、都市に生きる自身の体験の密度を適切に表現するのです。例えば、彼女の立体作品に使用される素材はストリートマーケットで簡単に手に入るものではありますが、そのひとつひとつがどこから来ているかというマテリアルの起源を意識しながら、作家の鋭い感性により丁寧に選ばれています。彼女は羽毛、織物、エポキシ樹脂の角、ビーズ、傘といった様々な種類の素材を使い、人類学、民族学、神話、インドにおけるディアスポラ(祖国から離散した人々)に対する自らの視点を物質として具現化します。バネルジーはまず身の回りにある既製品(レディメイド)を解体し、次に手作り(ハンドメイド)の状態へと「再生」させます。この手法により、都市、インドのポストコロニアルな歴史性、移民のコミュニティといった作家の多面的なアイデンティティは、洗練された比喩として再構築され、作品化されています。

 

3人の女性作家のそれぞれ異なる「自己」(Self)に潜む深い葛藤と探求、そして作品を通して「自己のその先」(Beyond)にある社会的状況や普遍的な問いへと接続しようとする彼女たちの試みを、ぜひこの機会にご高覧ください。

Works