インクアート

Overview

書といえば、日本では独自の価値観に支えられた書道教室や書道展覧会を連想しますが、その背景には明治時代の西洋近代化のなかで「書は芸術ならず」として美術の概念や制度から排除された背景があります。書の軽視は西洋の美術概念によって矯正された眼を通じて、国粋主義による日本美術成立をめざしたためであり、これに対して中国では20世紀を通じてアーティストたちによってめまぐるしい書の近代化が達成されました。本展ではそうしたインクアートというコンテンポラリー・アートにおける一つのジャンルをご紹介致します。
墨の文化は仏教、儒教、庭園などアジアに根ざす慣習や価値観の結晶、または複雑に周辺地域の歴史と関係するグローバルな文化、視覚的な共通言語として見なせます。とくに文字は、古代からの視覚芸術のなかでも絶対的な権威を持ちました。ツァン・ザオツァイ(曾灶財、1921-2007)は、そうした視覚文化としての文字を復興させようとした芸術家の一人です。英名キング・オブ・カオルーン「九龍皇帝」と呼ばれ、香港の九龍地区の野外およそ55,000カ所に自らの家譜を書き記したグラフィティ書家です。
またツァイ・グオチャン(蔡國強、1957-)の《Nontransparent Monument》で採用されているのは、石碑に刻まれた文字や形象をこすり取って写す拓本の手法です。巻物にできる拓本は石碑本体に比べて持ち運びが簡単であるため、公的な場所における文字を保存し伝播させる役割を持ち、韓国やベトナム、日本といった東アジア全域にわたるネットワークを支えました。

文字、拓本といった文化を継承し開花させた文人たちは、インクアートの孵卵器である書斎において、紙や筆、墨や硯といった文房四宝や机周りの小物を愛しました。なかでも代表的なコレクションとして太湖石(たいこせき)や灵璧石(りんびせき)といった奇石が挙げられます。奇石は「立体の水墨画」とも呼ばれました。今回展示されるジャン・ワン(展望、1962-)の《Artificial Rock No.95》は、そうした石の文化における人工物と自然物の境界や、オリジナルと摸倣物の関係についての再考を促します。

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