人魚の領土ー旗と内臓: ブブ・ド・ラ・マドレーヌ

Overview

 

人魚の旗は

死者たちへの哀悼

不服従のしるし

そして

地上の呪縛からの解放のお祝い

1994年から96年にかけて、15ヶ国20都市で上演されたダムタイプのパフォーマンス《S/N》。その出演者であったブブ・ド・ラ・マドレーヌが、「アマポーラ」の甘い調べをバックに全裸で横たわり、股間からスルスルと万国旗を繰り出して舞台をゆっくりと横切るラストシーンは鮮烈なものでした。その後ダムタイプでの活動を休止し、HIV/エイズやセックスワークに関する社会活動とともにアーティスト活動を続けてきたブブが、オオタファインアーツで2006年以来16年ぶりとなる個展『人魚の領土―旗と内臓』を開催します。発表するのは、2019年にアーツ前橋のグループ展「表現の生態系」で発表したインスタレーション作品《人魚の領土と脱皮》の"その後"とも言える新作と、そこから派生したドローイング群です。

 

《人魚の領土》は、2004年から一貫したブブのテーマです。親友の死を経験した後、2000年代のブブにとって人魚は、死者の世界である海と陸との狭間で荒波に抗う存在でした。2010年代、セックスワークや家族の在宅介護の日常を通して、ブブは自己と他者の身体の境界についてより意識するようになります。「触れる/触れられる」という個人の身体に対する最初の越境は、親しみの表現やケアのためになされる場合もあれば、征服欲や攻撃欲から発生する場合もあります。一方、国という領土や、民族、ジェンダー、セクシュアリティの境界をめぐって繰り返される侵害は、身近な生活の中で日々その度合いを増し続けています。人魚の住処であり領土でもある「水」は、地上で社会的な力を奪われた女性やマイノリティが生きる世界の隠喩でもあり得るのではないかと、ブブは考えるようになりました。

 

ある日、皮膚病と長年付き合ってきたブブは、乾燥した皮膚が剥がれるのを見て「人魚は脱皮するかもしれない」と考えました。それがきっかけとなり、2019年の《人魚の領土と脱皮》では脱皮後に残される大きな「人魚の皮」を金網で作ります。パラパラと剥がれ落ちるウロコは、ブブが着古した衣服や好きだったシーツ、クラブで着たドラァグクイーンの衣装で作られました。領土=身体の様々な記憶が染み込んだウロコは人魚の身体を離れ、連なる旗となって上空に延びていきました。

 

その翌年の2020年、ブブは卵巣囊腫と子宮筋腫のために卵巣2個と子宮を摘出します。手術は身体的な痛みを伴うものでしたが、術後の自分の感情や感覚が以前と全く変わらないことにブブは驚きます。子宮も卵巣も、その他の内臓と助け合って働いてきた同じ内臓です。にもかかわらず、それ以上のイメージを背負わされて来た2種類の臓器の摘出は、ブブに晴れやかな気持ちをもたらしました。今展では身体の表面だけではなく、内臓も脱皮します。このアイデアは、手術の痛みや苦しみを経て、身体が内側から新しく生まれ変わる可能性を実感したことから生まれました。ブブが実感した再生は、生死や性別役割や生殖のイメージを捉え直し、人が生き物としての複雑さや豊かさを取り戻すことに繋がるでしょう。人魚の身体を離れた色とりどりの旗が彼方を目指す時、それが地上の呪縛から解き放たれる私たち自身への祝福の光景となることを願って、この展覧会を開催します。

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