滅私|愛護: 嶋田美子

Overview

トークイベント
嶋田美子×小林エリカ [作家・アーティスト]
「抵抗のことば」
4月4日 [土] 16:00-17:30
会場:オオタファインアーツ [ピラミデビル3階]

オオタファインアーツでは、嶋田美子個展『滅私|愛護』を開催します。今展は、嶋田が1990年代前半に発表した作品で構成されます。

 

昭和の終焉(1989年)と敗戦50年(1995年)とのはざまで、それまで「戦争の被害者」としてしか語られてこなかった日本人女性の戦争参加について考察したのが、今回展示する《Past Imperfect(過去不完了)》シリーズの作品群でした。その後の「失われた30年」とネオリベラリズムの延長線上にあるこの時代に、嶋田は自身の作品と戦中の国策標語を通して改めて考えます。女性の「社会参加」とは?「自己実現」とは?それらを「女性の活躍」と言い換えた高度資本主義下の日本において、「女性」とは何なのでしょう。

 

今展タイトルの「滅私」と「愛護」は、ともに戦中標語に頻出する概念や言葉です。現代風に言うならば「献身」と「ケア」、女性性や母性を連想させるこのキーワードを体現していたのが、戦時中の「銃後の守り」を担った「婦人会」でした。なかでも国防婦人会は、1000万人規模に発展した大組織です。割烹着に白たすきという「制服」で身を固めて活動した彼女らは、個人の意志を持たない軍隊のように描写されるのが常です。しかし、参政権もなく家に縛られ自分の時間など持つことのできなかった女性たちが、身分にかかわらず同じ制服に身を包み、国家への貢献という「社会参加」ができることに解放感と高揚感を抱いたという回顧録は、数多く存在します。主体的な社会参加という女性の「自己実現」は、「滅私奉公」という国家との同一化に収斂しました。

 

出征兵士の見送りなどの活動もある一方、女性の社会参加とは銃後の再生産労働―家事、育児、介護、徴兵される家族の健康管理や体力維持など—といった私的領域の労働が主でした。最も重要なのは「産む機械」として行う生殖労働です。子供を一生懸命責任を持ってしつけ、良い教育を与えて育て上げる、この「私的労働」は国家のお墨付きにより「社会的労働」へと格上げされます。笑顔で「愛護」活動を行うことも同様に女性に求められた社会的労働でした。その対象は児童、動物に留まらず、河川、道路、植民地など公のもの全てにわたりました。しかし最終的にケアの対象は国家に捧げられます。慈しみ育てた子供は国を守るために命を投げ出して最後まで戦うことを強いられ、犬も馬も植民地の人々も命を奪われ、国土は荒廃しました。

 

80年以上前に「滅私」「愛護」などのスローガンで鼓舞された女性たちは、結局「人的資源」として国家に都合よく利用されたにすぎません。これが遠い昔の話に聞こえるでしょうか。現在の日本では、ワークライフバランスを捨て、働いて、働いて、働いて、働いて、働いて滅私する女性を賞賛し、一方で子供を愛護する育児、家庭を愛護する専業主婦を「女性のキャリア」として奨励する機運が高まっています。しかし、個人の資質や努力で社会参加や自己実現を成し遂げ、ネオリベラリズムの勝者を自認する女性たちですら、生産労働も再生産労働もできる効率の良い人的資源として、より都合の良い存在となっているのも事実です。現在でも変わらず国家や社会に管理され、利用されているのが「女性」なのではないでしょうか。今展が国家と女性との関係について考えるきっかけとなれば幸いです。