梅田哲也「   」によせて: アトラクタと場所霊

October 29, 2022 - December 17, 2022 | Ota Fine Arts, Tokyo
  • テキスト:福島 真人(東京大学)
    テキスト:福島 真人(東京大学)

    梅田哲也の多彩な活動を表現するカタログの言葉には、パフォーマンス、インスタレーション、その他多領域の「横断的な」、という定番の形容詞が使われることが多い。いろいろな活動の「クラスター」があると表現するとまるでコロナ禍のようだが、昔はやった複雑系の言葉を使って、そこにいくつもの「アトラクタ」があると言ってみたい。複雑な値をとるカオス系で、その値が収束していく先のことをこう呼ぶが、それが複数あるというと何となくしっくりくる。
    梅田の複数のアトラクタには、通常パフォーマンス、インスタレーションという既成用語が使われるが、話は明らかにもっと複雑で、しかも私自身はその一部を経験したに過ぎない。実際はこれらアトラクタ関係が入り組んでいて、外部のものにはその相互関係が分かりにくい。実際、ある観客から「分かりづらい作品を作る人だ」と言われたそうだが(1)、背後にはこうした事情がありそうだ。
    私にとって比較的親しみがあるインスタレーションは、今や現代アートの中心的な表現手法の一つであり、また「その場所固有」という意味をもつサイト・スペシフィックという言葉もよく使われる。梅田自身各地に招待されると、その環境をまずじっくり観察し、そこから得たインスピレーションを基礎に作品を作りあげると説明している(2)。

  • ここにこの作家固有な感性(アトラクタ群?)がにじみ出てくるわけだが、特に興味深いのは、彼が示すある種の「バックヤード」とでもいうべきものへの関心であろうか。私が直接体験したのは、さいたま国際芸術祭2020で、旧大宮市役所ビルの地下全体を使った大規模なインスタレーション『O階』(3)だったが、もともとこうした古いビルの地下室は、それだけで独特な雰囲気を漂わせている。梅田のインスタレーションは、各部屋に時にシュール、時に遊園地アトラクション風の仕掛けを組み込みながら、独特な梅田ワールドを作り出していた。ちょうど前のグループ客がはけて、場所を独占できたのも幸運であった。 だがこうした変わった場所(サイト)の選択が、単なる偶然の産物ではないと知ったのは、2018年にKAAT神奈川芸術劇場で彼が上演した『インターンシップ』という作品である。これは舞台の技術的装置そのものが主役となっているという特異な作品である。もともとは2016年韓国初演のものだが、きっかけはたまたま劇場の舞台がメンテナンスのために上下しているのをかいま見て、それをそのまま使うことを思いついたという(4)。 こうした空間や装置は、ある意味ザ・バックヤードといえなくもないが、それは部外者にとっては謎の空間でもある。社会制度の民族誌的な調査をすることの快楽は、普通なら足を踏み入れられないさまざまな現場の舞台裏に侵入する大義名分を得ることである。実際、場所によっては、文字通り物理的に足を踏み入れることが難しい場合もある。例えば私の通った救命救急センターは、入り口が自動ドアではなく、脇の壁の下に隠れているペダルを足で踏まないとドアが開かない。それを知らないと、カフカの『審判』のヨーゼフ・Kよろしく、その前で呆然と立ち尽くすことになる。医局はセンター本体の奥の方に潜んでおり、救命医たちはそこで外では言えない雑談をしたり、モニターの突然の異常サインを見てあわてて飛び出して行ったりした。まるでワイズマンのドキュメンタリ映画を観るような経験である(5)。
    "INTERNSHIP", Asia Culture Center, Gwangju, South Korea, 2016 / Photo by Rody Shimazaki

    ここにこの作家固有な感性(アトラクタ群?)がにじみ出てくるわけだが、特に興味深いのは、彼が示すある種の「バックヤード」とでもいうべきものへの関心であろうか。私が直接体験したのは、さいたま国際芸術祭2020で、旧大宮市役所ビルの地下全体を使った大規模なインスタレーション『O階』(3)だったが、もともとこうした古いビルの地下室は、それだけで独特な雰囲気を漂わせている。梅田のインスタレーションは、各部屋に時にシュール、時に遊園地アトラクション風の仕掛けを組み込みながら、独特な梅田ワールドを作り出していた。ちょうど前のグループ客がはけて、場所を独占できたのも幸運であった。
    だがこうした変わった場所(サイト)の選択が、単なる偶然の産物ではないと知ったのは、2018年にKAAT神奈川芸術劇場で彼が上演した『インターンシップ』という作品である。これは舞台の技術的装置そのものが主役となっているという特異な作品である。もともとは2016年韓国初演のものだが、きっかけはたまたま劇場の舞台がメンテナンスのために上下しているのをかいま見て、それをそのまま使うことを思いついたという(4)。
    こうした空間や装置は、ある意味ザ・バックヤードといえなくもないが、それは部外者にとっては謎の空間でもある。社会制度の民族誌的な調査をすることの快楽は、普通なら足を踏み入れられないさまざまな現場の舞台裏に侵入する大義名分を得ることである。実際、場所によっては、文字通り物理的に足を踏み入れることが難しい場合もある。例えば私の通った救命救急センターは、入り口が自動ドアではなく、脇の壁の下に隠れているペダルを足で踏まないとドアが開かない。それを知らないと、カフカの『審判』のヨーゼフ・Kよろしく、その前で呆然と立ち尽くすことになる。医局はセンター本体の奥の方に潜んでおり、救命医たちはそこで外では言えない雑談をしたり、モニターの突然の異常サインを見てあわてて飛び出して行ったりした。まるでワイズマンのドキュメンタリ映画を観るような経験である(5)。

  • テレビの密着番組や特集ものがバックヤードを好むのは、普段は見えない日常を見せることにその目的がある。これをテクノロジーに置き換えると「インフラ」になるが、そこには独自の美学があると私は主張してきた(6)。 だがこうしたバックヤード/インフラは、アーティストにとってはある種の鬼門でもある。それはインスピレーションの源であると同時に、その独自の雰囲気だけで、観客が満足してしまうこともあるからだ。「インフラ美学的」にいえば、都市に映えるガスタンクのキュービズムに、余計な装飾はいらない。越後妻有-大地の芸術祭を見学のため、嫁さんと山奥を車で疾走し、様々なアート作品を鑑賞したことがあるが、最後に彼女に感想をきくと、「里山がよかった」という。緑深い森に負けているのだ。 特定の場所(サイト)には独自の歴史があり、一部の建築家はそれを「ゲニウス・ロキ(土地霊)」と呼んで建築思想に反映させようとした。またジャワ語でdedemitといえば「場所霊」の意味で、特定の場所に住まう悪霊を意味し、人を原因不明の病気にしたりする(7)。歴史をもつ場所はそれだけの力があるから、サイトの力を生かすには、同時にその魔力に抗する胆力も必要なのである。2018年光州ビネンナーレの舞台になった軍の病院の廃墟や、歴史的建造物の様な場合と、美術館のホワイトキューブでは、そこに住まう場所霊の形、またそれに抗う胆力の性質も異なるだろう。

    テレビの密着番組や特集ものがバックヤードを好むのは、普段は見えない日常を見せることにその目的がある。これをテクノロジーに置き換えると「インフラ」になるが、そこには独自の美学があると私は主張してきた(6)。
    だがこうしたバックヤード/インフラは、アーティストにとってはある種の鬼門でもある。それはインスピレーションの源であると同時に、その独自の雰囲気だけで、観客が満足してしまうこともあるからだ。「インフラ美学的」にいえば、都市に映えるガスタンクのキュービズムに、余計な装飾はいらない。越後妻有-大地の芸術祭を見学のため、嫁さんと山奥を車で疾走し、様々なアート作品を鑑賞したことがあるが、最後に彼女に感想をきくと、「里山がよかった」という。緑深い森に負けているのだ。
    特定の場所(サイト)には独自の歴史があり、一部の建築家はそれを「ゲニウス・ロキ(土地霊)」と呼んで建築思想に反映させようとした。またジャワ語でdedemitといえば「場所霊」の意味で、特定の場所に住まう悪霊を意味し、人を原因不明の病気にしたりする(7)。歴史をもつ場所はそれだけの力があるから、サイトの力を生かすには、同時にその魔力に抗する胆力も必要なのである。2018年光州ビネンナーレの舞台になった軍の病院の廃墟や、歴史的建造物の様な場合と、美術館のホワイトキューブでは、そこに住まう場所霊の形、またそれに抗う胆力の性質も異なるだろう。

  • 梅田の強みは、そのサイトがもつ独自の力学をうまく手なずけるための、いわば手数が複数あるということではないか。その中には即興音楽から台湾のアミ族やブヌン族の民族音楽(8)にいたるアトラクタもあれば、フィシュリ/ヴァイス風の機械仕掛け(9)の技もある。これら複数のアトラクタのどれが現場で働きだすか、本人もやってみないと分からないのだろう。実際梅田はインタビューで、「やり始めて目標を決めると飽きてくるから決めないでやる」、と語っているが(10)、それは創造過程ではよくあることでもある。 梅田の作品が時に分かりにくいとされるのは、それがこうした場所をめぐる様々な力のせめぎ合いの、いわば偶然の産物であるという点による。その場所にどういう力が働いているかは、アーティストも現場に行かないと分からない。そしてそれに共振する、あるいは抗する力の発現もまた無意識のアトラクタの働きである。そこで観客は、その場の力と、それと格闘するアーティスト自身が作りだす力との間のせめぎ合いを、知覚し、想像してみる。そうした楽しみが与えられているのである。 注 (1) 「INTERVIEW:梅田哲也-ただそこにある小さな声と時間を思うこと」 https://paperc.info/on-site/2001_tetsuya-umeda (2) 「インタビュー」 https://inbeppu.com/2020/interview/ (3) 「O階 梅田哲也」 https://art-sightama.jp/jp/project/uFoQmG1C/ (4) 「作品をつくることは特別なことではない」 https://yokohama-sozokaiwai.jp/person/16950.html (5) 福島真人(2022) 『学習の生態学-リスク・実験・高信頼性』ちくま学芸文庫 (6) 福島真人(2022)...
    "「  」" , OTA FINE ARTS 7CHOME, Tokyo, Japan, 2022 / Photo by Kanichi Kanegae

    梅田の強みは、そのサイトがもつ独自の力学をうまく手なずけるための、いわば手数が複数あるということではないか。その中には即興音楽から台湾のアミ族やブヌン族の民族音楽(8)にいたるアトラクタもあれば、フィシュリ/ヴァイス風の機械仕掛け(9)の技もある。これら複数のアトラクタのどれが現場で働きだすか、本人もやってみないと分からないのだろう。実際梅田はインタビューで、「やり始めて目標を決めると飽きてくるから決めないでやる」、と語っているが(10)、それは創造過程ではよくあることでもある。
    梅田の作品が時に分かりにくいとされるのは、それがこうした場所をめぐる様々な力のせめぎ合いの、いわば偶然の産物であるという点による。その場所にどういう力が働いているかは、アーティストも現場に行かないと分からない。そしてそれに共振する、あるいは抗する力の発現もまた無意識のアトラクタの働きである。そこで観客は、その場の力と、それと格闘するアーティスト自身が作りだす力との間のせめぎ合いを、知覚し、想像してみる。そうした楽しみが与えられているのである。

     

     

     


    (1) 「INTERVIEW:梅田哲也-ただそこにある小さな声と時間を思うこと」
    https://paperc.info/on-site/2001_tetsuya-umeda
    (2) 「インタビュー」
    https://inbeppu.com/2020/interview/
    (3) 「O階 梅田哲也」
    https://art-sightama.jp/jp/project/uFoQmG1C/
    (4) 「作品をつくることは特別なことではない」
    https://yokohama-sozokaiwai.jp/person/16950.html
    (5) 福島真人(2022) 『学習の生態学-リスク・実験・高信頼性』ちくま学芸文庫
    (6) 福島真人(2022) 「インフラ美学のすすめ」
    https://www.moderntimes.tv/articles/20220530-01infrastructure/
    (7) ジャワには場所霊以外にもいろいろな霊がいる。森永泰弘+福島真人(2019) 「サタン・音・欲望」』『サタンジャワ』サイレント映画+立体音響コンサート・プレトーク
    https://asiawa.jpf.go.jp/culture/features/f-ah-setanjawa-morinaga-fukushima/
    (8) 「現前するものを問い直し、起源を探る」https://bijutsutecho.com/magazine/interview/21185
    (9) Robert Fleck, Beate Söntgen, Arthur C. Danto (2005) Peter Fischli, David Weiss, Phaidon
    (10) 前掲(4)
    https://yokohama-sozokaiwai.jp/person/16950.html

     

  • Exhibition Information

    梅田哲也

    「    」

     

    2022年10月29日-12月17日

    12:00-18:00

    定休日:月曜、日曜、祝日

     

    Ota Fine Arts, Tokyo

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