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1版1色1刷 ─ 草間彌生のエッチング
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2026年8月27日 追記
2026年8月14日、草間彌生が97歳で逝去しました。
絵画、彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、小説、詩――草間は約一世紀にわたる生涯を通じて、さまざまな表現に取り組み、その仕事を絶えず更新し続けました。あらためてその長い創作活動を振り返ると、そこには、反復、増殖、無限、そして自己と世界の境界を問い続ける、一貫した探究が見て取れます。
本Viewing Roomでは、その広大で多面的な仕事の一端として、エッチングに焦点を当てています。線を刻み、反復し、腐食による偶発的な変化をも取り込みながら制作されるこれらの作品には、草間が生涯を通じて追究した表現の核心が、凝縮されたかたちで現れています。
一方で、ここでご紹介するエッチングは、草間彌生の長大な創作活動の一部にすぎません。9月11日からは、アムステルダムのステデリック美術館にて、バイエラー財団、ルートヴィヒ美術館を経て巡回する大規模な回顧展が開幕します。絵画、彫刻、インスタレーションをはじめとする多様な作品を通して、草間の約70年にわたる創作の軌跡をたどる機会となります。
本Viewing Roomをひとつの入口として、ぜひステデリック美術館で、草間彌生が生涯をかけて築き上げた、より広大な作品世界をご覧いただければ幸いです。
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草間彌生の作品と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、鮮やかな色彩で描かれた「かぼちゃ」や「花」のモチーフかもしれません。
本オンライン・ビューイング・ルーム(OVR)「1版1色1刷」では、そうしたよく知られたイメージから一歩距離を置き、ミニマルで抽象性の高いモノクロームのエッチング作品をご紹介します。
1. 色を削ぎ落とし、研ぎ澄まされた「無限」
本展で紹介するのは、1版・1色・1刷という限られた工程で制作された作品群です。
色数を最小限に抑えることで表現が限定されるどころか、むしろ「線の密度」「構図」「銅版の腐食による質感」が際立ち、線と余白の関係性が極限まで研ぎ澄まされています。そこには、草間が長年探究してきた「無限」や「増殖」のイメージが、凝縮された形で現れています。
複数の刷りを可能にする「版画」というメディアは、同一のイメージを反復・展開する草間の思想と強く響き合います。主題(無限)と技法(反復)がこれほど密接に結びついた表現は、彼女の制作においても極めて象徴的です。
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Yayoi Kusama
Dots Infinity, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
31.2 x 22.3 cm [Image] / 51.2 x 38 cm [Paper]
タイトルが示すとおり、Dots Infinity(1995)は、草間彌生の代表的なモチーフである水玉と「無限」を端的に表した作品のひとつです。画面全体に繰り返し配置された水玉は、果てのない空間を生み出し、草間が長年追求してきた「反復」と「無限の拡張」を表しています。
草間は水玉について、「水玉は太陽の形であり、全世界のエネルギーと生命の象徴であると同時に、静かな月の形でもある」と語っています。また、水玉は単独では存在せず、いくつも集まることで動きを生み出すとし、「宇宙にある無数の星の中で、地球もまたひとつの水玉にすぎない」と説明しています。さらに、水玉によって自然や身体を覆い尽くすことで、自らも環境の一部となり、永遠の中へ溶け込んでいく「自己消滅」という考えを示しています。*1
*1 Yayoi Kusama, interview with Jud Jalkut, The New York Free Press and West Side News, New York, February 15, 1968.
この作品について -
Yayoi Kusama
Self-portrait, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
22 x 14.6 cm [Image] / 50.7 x 38 cm [Paper]
草間彌生は、長いキャリアを通じて数多くの自画像を制作してきました。少女期の自身の姿、年齢を重ねた姿、あるいは同じ横顔を繰り返し描いた作品など、その多くは一貫して「草間彌生」自身を中心に据えています。
しかし、本作はその中でも特異な位置を占める作品です。ここに描かれているのは顔ではなく、無数の繊細な線によって形づくられた、暗闇に浮かぶ楕円形の空間です。網や膜、あるいは皮膚を思わせるその表面は、執拗な反復によって静かに脈打つように見え、見る者をその内側へと引き込みます。
自画像でありながら、本作は同時に「自己」の消失へと向かっています。草間が生涯にわたって追求してきた「自己消滅」というテーマが、ここでは極めて抽象的かつ凝縮されたかたちで表現されています。
この作品について
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2. 意図と偶発性の調和
草間のエッチングの多くは、1984〜85年および1994〜95年に刷師・木村希八(きはち)との協働によって制作されました。
『当時のリトグラフと銅板は、病院の廊下で制作された。この廊下には「暖房設備がなかったために、銅版制作は手先が凍えるほど冷たかった」と後に草間から聞いた。(中略)制作の過程で銅版の画面内に、腐食中にグランドの皮膜が剥がれて、随所に描画以外の傷が残ってしまったことがある。草間彌生はかえって絵を膨らませる役割を担うプラス面もあると理解し、「自然にできた傷は、作品を生かすために大切な部分である」と言った。』
— 木村希八*エッチングは、ニードルで刻まれた線、腐食、プレス機による圧力といった版画固有の時間を内包します。草間は、工程のなかで生じた偶発的な傷や滲みを単なる「失敗」とせず、画面に奥行きを与える要素として肯定しました。
計画された線と、制作過程の痕跡。その共存が、草間のエッチングに独特の緊張感と驚くほど親密な質感をもたらしています。
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3. 再評価される草間の版画制作
草間彌生は世界的な回顧展(Fondation Beyeler、Museum Ludwig、Stedelijk Museumなど)でも高く評価されていますが、近年では版画作品も単なる周縁的な制作ではなく、「草間の表現世界を理解するうえで不可欠な中心領域」として再定義されています。**
没入型インスタレーションのような賑やかなスペクタクルとは一線を画し、静寂と持続のなかで「無限」を見つめる——エッチングは、作家の「意図」と「偶発性」の均衡を美しく映し出す、きわめて純化された表現形式です。
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Yayoi Kusama
Road, 1994
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
29.5 x 41.5 cm [Image] / 45.5 x 63 cm [Paper] -
Yayoi Kusama
Endless, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
39.5 x 54.5 [Image] / 56.5 x 76 [Paper] -
Yayoi Kusama
Dots Accumulation, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
39.5 x 54.5 cm [Image] / 56.5 x 76 cm [Paper]
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Yayoi Kusama
River at Sunrise, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
22.3 x 31 cm [Image] / 38 x 50.7 cm [Paper]
草間を象徴する水玉が、脈動するような有機的な動きの場へと展開されたエッチング作品です。微細な生命体や細胞の増殖、あるいは宇宙の広がりを思わせる画面には、白黒でありながら鮮やかな生命感と尽きることのない躍動が感じられます。反復とリズムの変奏を通して、草間は、遊び心と催眠的な魅力をたたえながら、限りなく生命に満ちた世界を描き出しています。
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4. 実作品展示のご案内(2026年7月)
2026年7月には、本オンライン・ビューイング・ルームと連動し、東京で開催されるグループ展「白と黒」の一部として実作品も展示予定です。
今回ご紹介した抽象作品に加え、「かぼちゃ」や「花」をモチーフとしたエッチングもあわせて出品されます。草間作品に初めて触れる方には表現の奥深さを知る入口として、すでにファンの方にはその制作の核へ触れる貴重な機会となります。ぜひ会場でご高覧ください。
* 木村希八『刷師・希八―支えた芸術家たち』(木村希八版画工房、2009年)90頁、および渋田見彰による論考を参照。
** Charlotte Sarrazin, “Yayoi Kusama,” in Yayoi Kusama, exhibition catalogue, Fondation Beyeler, Riehen; Museum Ludwig, Cologne; Stedelijk Museum Amsterdam; Hatje Cantz, 2025, p. 228.
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Yayoi KusamaRiver Wave, 1993Etching [1 plate, 1 color, 1 run]27.5 x 21.9 cm [Image] / 49 x 38 cm [Paper] -
Yayoi KusamaCity, 1993Etching [1 plate, 1 color, 1 run]27.3 x 21.9 cm [Image] / 49 x 39 cm [Paper] -
Yayoi Kusama
Bud, 1995
Etching [1 plate, 1 color, 1 run]
34.3 x 22 cm [Image] / 53 x 38 cm [Paper]

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