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草間彌生| 版画の軌跡
1979 - 2014 -
Encountering Printmaking
版画との出会い
1973年にアメリカから帰国後、自分の芸術を広く知ってもらいたい、多くの人に手に作品が渡ってほしいと望んでいた草間彌生にとって、版画というマルティプル・アートは、我が意を得たメディウムでした。現在のような現代作家の市場もなく、男性作家が地位を独占する日本の美術界で生き残るため、草間は版画制作に打ち込みます。
1979年の《靴をはいて野にゆこう》から始まる初期の作品には、鬱々とした孤独を胸に秘めながらも美術界に挑もうとする、作家の孤高の姿が透けて見えるようです。
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Repetition and Proliferation
反復と増殖
版画制作においてより高みを目指す草間は、手法や配色、水玉や網との組み合わせを変化させながら繰り返し作品を制作します。この頃、今や草間作品のアイコンとも言える南瓜がモチーフとして現れました。その他にも野に咲く花、虫、果物、魚、山の風景など、草間が生まれ育った信州・松本を思わせるモチーフを多用する一方、ハイヒール、ドレス、コーヒーカップ、レモンスカッシュなど、都会の生活を思わせるモチーフも多く見られます。
草間の増幅する水玉や網は、モチーフの背景のみならずその表面や部分すらも覆ってゆきます。抽象パターンで具象画を構成するという試みは、その後の立体作品にも受け継がれてゆきます。
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Monochrome
モノクローム
草間はリトグラフやシルクスクリーンだけでなく、線描をもとに制作されるエッチングにも取り組み、優れた作品群を残しています。中でも《無限の網》、《集積》、《エンドレス》と題されたエッチングは、1958年に移住したニューヨークで挑んだ抽象表現の再現とも言える作品です。
1950年代のアメリカでは、力強さを伴った男性中心主義的な抽象表現主義が美術界を席巻していました。それに対抗するかのような、ストイックな反復と増殖によるモノクロームの抽象絵画は大きな注目と称賛を集め、草間は作家としての確固たる評価を手に入れます。エッチング作品から、美術史的にも重要な代表作に込められた草間の創作と思索の根源をかいま見ることができます。
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ニューヨークのスタジオにて、《インフィニティ・ネット》と(1961年頃) -
Blossoming
花開く
1991年、草間はベネチア・ビエンナーレに日本代表として参加します。これが、1950年代からの草間の活動を広く再評価する動きへと繋がり、作家自身はより自由な創作の領域を獲得することができました。
版画においても、光の瞬きや煌めきを与えるラメの使用や、彫師と摺師が分業して制作する浮世絵の手法など、様々な試みを行います。2011~2012年にかけて制作した版画群では、2009年から描き続けた絵画シリーズ《わが永遠の魂》に登場するイメージを取り込みました。
草間が制作した版画の総点数は400を超えます。途切れることのない旺盛な創作意欲で突き進むその姿は、芸術を希求する求道者のようです。新たな地平を切り開いては、すべてのエネルギーを注いで歩み続ける。この連動は生涯止まることがありませんでした。
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展示風景:「草間彌生 わが永遠の魂」国立新美術館[東京](2017年)



