Biography

Ming Wong(ミン・ウォン)
1971年シンガポール生まれ。現在はベルリンを拠点に活動するミン・ウォンは、映像、パフォーマンス、インスタレーションを通じて「演じること(performing)」と「再演(re-enactment)」の政治性を問い、文化的アイデンティティの構築や表象の複雑性を批評的に扱ってきたアーティストです。
ウォンの実践は、世界映画史や大衆文化を再構成することで始まりますが、その目的は模倣による懐古ではなく、むしろオリジナリティや正統性、ジェンダー規範、そしてナショナル・アイデンティティといった、パフォーマティブな「自己」がどのように社会的に規定され、消費されているかを可視化することにあります。
ウォンが自身の身体を用いて映画的ロールを演じる代表作群では、言語・性別・民族性を「ズラす」ことによって、演技とは何か、演技を通して再現される「文化」とは何かを問う批評的戦略が見られます。その後、彼の関心はアジア的な演劇伝統と未来的想像力(speculative imagination)との接点へと展開し、とりわけ京劇や広東オペラといった伝統的表現形式とSF(サイエンス・フィクション)との関係性に強い関心を示しています。
代表作《Wayang Spaceship》(2022)は、シンガポールにおける移動式の京劇舞台(Wayang)を宇宙船に見立て、ポストコロニアルな国家形成と移民文化の交錯を、SF的ヴィジュアル・レトリックで提示した大型インスタレーションです。ここでの「Wayang」は、演劇としての舞台であると同時に、社会的演技のメタファーでもあります。京劇のアーカイヴ映像と、SF映画、ウォン自身の映像をミックスし、時間・場所・ジェンダーを越境する視覚空間を生み出すこの作品は、シンガポールの多文化主義的アイデンティティに対する詩的かつ批判的考察でもあります。
一連の作品群に共通するのは、「近未来的ノスタルジア(retrofuturism)」とも言える時間軸の交錯と、東洋的伝統が内包する異装性(cross-dressing)やジェンダー・パフォーマンスへの鋭いまなざしです。写真作品《Astro Girl》(2015)や《Windows on the World (Part 1)》(2014)では、ウォンが宇宙飛行士に扮し、京劇のアリアに合わせて宇宙船のセットを彷徨う様子が映し出されます。これは単なる美術の実験ではなく、1960〜70年代のアジア的主体が夢見た「進歩」の神話と、現代のジェンダー的・文化的境界の攪乱とを結びつける試みとも言えるでしょう。
最新作では、伝統的な中国水墨画とソ連のSF雑誌イラストを組み合わせたコラージュ・プリントを通じて、異なる歴史的・地理的レイヤーを重ね、過去と未来を一つの視野で見る「複眼的ヴィジョン」を提示しています。
ウォンの仕事は、常に文化の翻訳とずれを伴う演技的試みであり、観客にとっては「見る」という経験そのものを相対化する装置でもあります。異なる時間、文化、ジェンダーが交錯するその世界観は、グローバル化時代における複合的アイデンティティの表現において極めて示唆に富んでいます。


略歴
1971年 シンガポール生まれ
1995年 ナンヤン美術アカデミー(シンガポール)卒業
1999年 ロンドン大学スレード校 美術修士号取得
ベルリン在住


主な個展
「偽娘恥辱︎部屋」ASAKUSA、東京(2019年)
「私のなかの私」資生堂ギャラリー、東京(2013年)
「ライフ オブ イミテーション」原美術館、東京(2011年)/シンガポール美術館(2010年)/第53回ベネチア・ビエンナーレ、シンガポール館(2009年)

 

主なグループ展
「Signals: How Video Transformed the World」ニューヨーク近代美術館(2023年)
「Global(e) Resistance」ポンピドゥーセンター、パリ(2020年)
「サンシャワー」福岡アジア美術館/森美術館/国立新美術館、東京(2017年)
「Fassbinder – NOW」Martin-Gropius-Bau、ベルリン(2015年)
「ゼロ年代のベルリン」東京都現代美術館(2011年)

 

主な収蔵先
シンガポール美術館
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
M+(香港)
ポンピドゥーセンター(パリ)
テート・モダン(ロンドン)

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