樫木知子: 樫木知子

Overview

樫木の描く人物像は、時に断片化し、部屋、あるいは庭といった、限られた空間に配置され、人とにじみ出る存在感を絵画表面に閉じ込めています。平滑なテクスチュアと流麗な描線は、一見日本画と見まがうほどですが、作品は全てアクリルで描かれ描いた画布の上をサンダーで削り、再び描くというプロセスを経て、滑らかな絵画表面と幾重にも重なる色層の背景を獲得しています。近世絵画や平安仏画、さらに松園や栖鳳の美人画をも彷彿とさせる画風は、京都に生まれ学んだことによるのかもしれません。

子供の頃から、他者に、自分の思っていることをちゃんと伝えられない感覚を持っていたという作家は、伝えられないものの一例である「頭の中にあるもの」を絵画で表現しています。
今回の出品作11点のうち、≪影あそび≫、≪大浴場≫はいずれも本年度制作の最新作ですが、≪影あそび≫は、樫木曰く「きゃっきゃっ、くすくす、みたいな二人の状況」を描くべく、影絵あそび、あやとり、あるいはただ人が顔を近づけているだけといった様々な行為から、影絵あそびを選択し、また、どうすれば二人の人がいい具合に接触するのかを考えて、鳥でもカタツムリでもなくウサギの影絵で遊ぶ二人を描くことになったと言います。樫木の理想とする指の形がすでに頭の中にあり、その上で実際に影絵あそびを取材しながら現在の形となりました。実際の影絵のウサギの形をスタートとしながらも、ゴールとして樫木の頭の中にある指の形は現実ではありえない形であったため、ねじれた指先の二人が描かれました。≪大浴場≫では、テレビでふと目にした古い木造家屋に触発され、その木造家屋の中に、樫木の頭の中に既にあった光景、床下収納と人、が組み合わされました。画面手前の暗い室内と、対照的に明るい窓の外の風景、そして窓から吹き込むうねりを伴う風を描きたいと決まったところで、出発点となった木造家屋はコンクリートの室内へと変化し、さらにコンクリートの冷たさを緩和するために、椅子やテーブルの木製の脚とダサい靴下を描き加えたようです。

「絵の始まりは自分のイメージで、ゴールはそれにどれだけ近づくかということ」と作家が言うように、蓄積した光景をつむぎ、発酵させ、ゴールに近づくために描いては消し、進行中の画面とゴールを照らしあわせ、印象を調整するモチィーフや表情を幾度も加減することで、折り重なるレイヤーを持つ絵画を形作ります。フラットに磨かれた画面は、時間や手の痕跡を消すことを志向して作られますが、それは、描かれたものはそもそも物語を持つものではなく、ただ頭の中にあるものであって、そこに時間は存在しないと考えるからです。日常の光景は、ゴールに近づくにつれ変貌をとげ、さながら白昼夢のように鮮烈な印象を残す絵画となります。思い出せない遠い過去の記憶、あるいはまだ見ぬ未来を示すのか、作家の豊かな想像力による、軽やかで同時に濃密な絵画をお楽しみください。

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