宇宙歌劇: ミン・ウォン

Overview

オオタファインアーツ東京では、シンガポール出身でベルリンを拠点とするアーティスト、ミン・ウォンの個展を開催します。弊廊においては、シンガポールに続き2回目の個展となります。パフォーマンス、ビデオ、インスタレーション、写真などの手法を用いて映画やポピュラーカルチャーを再現し、そこに人々のアイデンティティ、社会構造、映画言語などを折り重ねていくことで知られるウォンですが、近年は中華圏の人々にとって伝統的大衆娯楽である広東オペラ(京劇)について探究を深めています。今展では、中国における京劇の近代化とSFの発展との関係性をテーマにした映像作品、写真作品、コラージュ作品を展開します。

 

今展で発表する映像作品は、シンガポール美術館からの委託により2022年にウォンが制作した大型屋外インスタレーション《Wayang Spaceship》を構成するものです。Wayang(ワヤン)とは、移動式の舞台を用いて繰り広げられるシンガポールのストリート京劇を指しますが、同時に芝居じみた様子を指すスラングとしても使われます。ウォンは、交易と移民とによって発展してきたこの国の歴史を象徴するかのようなコンテナ街に、宇宙船に見たてた銀色のワヤンの舞台を設置しました。虹色の光で妖しく彩ったスクリーンで上映したのは、1950年代から70年代の京劇の映像に、SF映画や自身の映像作品を組み合わせた映像コラージュです。ウォンの分身とも言える主人公の学識ある戦士は、京劇の音楽とSF効果音とのリミックスとストロボのような閃光とが作り出す不思議な高揚感の中、ワヤンの宇宙船から時空とジェンダーを超える旅に出ます。

 

2015年に制作した写真作品《Astro Girl》シリーズは、2014年に香港のオルタナティブ・スペースPara Siteで発表した《Windows On The World (Part 1)》から派生したものです。スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』を思わせる宇宙船のセットと、宇宙服に身を包んだウォンが京劇のアリアをバックに船内をゆっくりと歩く映像とで、そのインスタレーションは構成されます。アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』で、主人公が船内から未知の惑星の海が蠢くのを見たときのように、ウォンが演じる女性宇宙飛行士も不安な面持ちで窓の外を覗き込みます。木材や布という簡易な素材で作られたSFセットで、近未来的京劇が不穏な空気のなか繰り広げられる様子は、宇宙に求める進歩や未来のヴィジョンの構築と、京劇に反映される主体的な中華圏のアイデンティティの形成とが融合した姿と言えるかもしれません。

 

今年1月にオオタファインアーツ・シンガポールで行われた個展で発表されたコラージュプリントの新シリーズも、同様に京劇とSFの概念を融合したものです。ウォンは、単色のインクと筆で描いた伝統的な中国のドローイングに、ワヤン俳優のポートレート写真や同時代のソ連のSF雑誌のイラストを組み合わせました。虹色のホログラムで縁取ったコラージュをプリントした作品は、異性装の俳優、学者と戦士のふたつの顔を持つ京劇の伝統的キャラクター、ウクライナの古本屋からポーランドを経由してドイツにもたらされたSF雑誌という、多様なレイヤーが幾重にも重なることで、独特で示唆的なレトロフューチャーを生み出しています。

 

京劇に見られる時代や場所に合わせた伝統の変容や、かつて夢見た新しいフロンティアとしての宇宙を体現するSFの世界。今展で発表するウォンの作品に共通するこれらの要素は、移民と現代のテクノロジーとによって文化が形成されてきたシンガポールの歴史を思い起こさせます。さらに、文化も国境も時間も、そしてジェンダーをも超える京劇俳優は、ウォンのこれまでの探究同様、社会的に課せられた役割やそれにより構築されてきたアイデンティティについての考察を促します。シンガポールの港から宙の大海原へと出発し六本木に降り立ったワヤンの宇宙船は、過去から未来を垣間見ることができる歌劇場です。音と色彩と映像が溢れ、恍惚感に包まれるこの劇場で、「別世界」へと引き込まれる体験をぜひお楽しみください。

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