アイ・チョー・クリスティン

インドネシア・バンドゥン生まれのアイ・チョー・クリスティン (Ay Tjoe Christine) は、現在も同地を拠点に、絵画、版画、インスタレーションなど多様なメディアを通じて、身体と精神、個人と社会・宗教・自然との関係を探究しています。インドネシアの「ポスト革新世代」（Post-Reformasi generation）を代表する作家として、形式や主題の境界を自在に越境する実践で知られています。

創作の原点は、ドローイングと、バンドン工科大学時代から取り組む針で銅板を引っ搔いて描くドライポイントによる版画。金属板に刻まれた描線は、植物の根や地下茎を思わせる有機的なイメージをつくり出し、アイ・チョーはこの時期に独自の表情豊かで多様な線を発展させています。1990年代後半以降は、人物像を多く描き、ねじれた肉体、苦悩や抑圧を象徴するイメージが現れはじめます。2000年代に入ると、アクリル絵画、ソフト・スカルプチュア、インスタレーションとメディアを拡張し新たな表現を模索し、宗教的モチーフや聖書の物語を通して、暴力や贖罪といった主題を繊細に扱いました。

2009年以降は、アイ・チョーを代表するスタイルとして広く知られるようになる油画の制作を積極的に行います。平滑に塗り重ねられたベージュやグレーの下地に、ドローイングと版画で培った線描を生かし、スティック状に固めた油絵具であるオイルバーの線を力強く重ね奥行を生み出し、闊達なストロークで形態を作り、時に手のひらですりぼかし透明な色面や抑揚をつけます。こうした身体的な動作で、線の濃淡による豊かな色彩のバリエーションが流動するような空間をつくり出し、荒々しい筆致と繊細な線が何層にも重なり合う画面は、空白の中に具体的な形を立ち現したり、何かの気配を感じさせたりしながら独自の抽象言語を確立しています。

パンデミックを経た2020年以降、作品はより生物形態的（biomorphic）となり、生命の潜在力や再生性への関心が際立ちます。特に、極限状態で生存するクマムシ（tardigrade）をモチーフとしたインスタレーション《Personal Denominator》や絵画シリーズ《A Piece of Liquid》では、「クリプトバイオシス（cryptobiosis）」という代謝休止状態に着目。水が生命を呼び覚ますイメージを通じて、隔離や停滞のなかで見出された極限状態における生存と再生を描いています。

アイ・チョーの表現は常に「描くこと（draw）」への忠実な探究に基づき、感情・信仰・記憶の層を浮かび上がらせます。善悪や光と闇といった二項対立を超え、精神と身体、そして魂の深い結びつきとその脆さを見つめながら、彼女は新たな「存在のかたち」への問いを静かに、力強く提示し続けています。

略歴
1973年　インドネシア・バンドン生まれ　
1997年　バンドン工科大学美術学部にてグラフィックデザインと版画を学ぶ
バンドン在住

主な個展
2025年　「Covered and Cover」White Cube、ニューヨーク
2023年　「The Uncompromising #01」オオタファインアーツ、上海
2022年　「Christine Ay Tjoe」　Hall Art Foundation / Kunstmuseum Schloss Derneburg、ドイツ
2018年　「アイ・チョー・クリスティン：霊性と寓意」　金沢21世紀美術館、石川
2016年　「Inside the White Cube」White Cube、ロンドン
2015年　「Christine Ay Tjoe: Perfect Imperfection」　Song Eun Art Space、ソウル
2013年　「Myriad of 'paste'」　オオタファインアーツ、東京

主なグループ展
2020年　「Asia Society Triennial」　アジア・ソサエティ、ニューヨーク
2017年　「Royal Academy Summer Exhibition」　ロイヤル・アカデミー、ロンドン
2012年　「Future Pass」　国立台湾美術館、台中
2011年　「Indonesian Eye: Fantasies and Realities」　サーチ・ギャラリー、ロンドン
2003年　第1回北京国際ビエンナーレ　中国国家美術館

主な収蔵先
金沢21世紀美術館（石川）
アジア・ソサエティ美術館（ニューヨーク）
シンガポール美術館MACAN（現代美術館、ジャカルタ）
アキリ美術館（ジャカルタ）
M+（香港）
メトロポリタン美術館（ニューヨーク）
K11 Art Foundation（香港）