Overview

ナフサ不足の影響を受け、一部のスナック菓子のパッケージから色が消えました。様々な素材や味のスナック菓子がモノクロームの無機質なパッケージで店頭に並ぶ様は、色がいかに事物を表象しているか、私たちがいかに色から情報を得ているかを、改めて気付かせるきっかけとなりました。本展では、オオタファインアーツの所属作家の作品および所蔵作品の中から、作家が制約としてではなく、表現の選択として白・黒という深遠な色に向き合い制作したものを紹介します。モノクロームの世界から一体何が立ち現れるのか、各作品とともに考える機会となれば幸いです。

 

南瓜や花、鮮やかな色彩によって広く知られる草間彌生ですが、その制作の根底には、白と黒によって構築された世界が流れています。本展では、1990年代のエッチング作品を中心に紹介します。有機的な生命体を思わせる形態が画面全体に増殖し、その端を越えてさらに広がり続けるかのような感覚を生み出すこれらの作品には、反復と増殖によって「無限」を探求してきた草間の思想が、色を持たないがゆえにひときわ純粋な形で結晶しています。これらの作品は、バイエラー財団に始まり現在もヨーロッパを巡回中の回顧展でも重要な位置を占め、国際的な再評価が進んでいます。

 

久門剛史は、時間と空間に内在する唯一性や永遠性をテーマに、光・音・素材を組み合わせたインスタレーション作品を制作してきた作家です。本展では、壁面から浮かび上がるような円形の作品《Tunnel》を、ミラーと漆黒、それぞれのバージョンで紹介します。ミラーが光を反射してこちら側の世界を映し出すのに対し、黒は光を吸収していまだ見えない向こう側の世界を想像させます。両作品に共通する「穴」は、此方と彼方を接続する存在であり、空間だけでなく時間過去・現在・未来に対しても開かれています。角度のついた内円がふたつの時空を繋ぐ穴の中でゆっくりと回転し、彼方の世界への想像を一層掻き立てます。

 

白黒の映像表現で知られるさわひらきは、日常の空間に静かな異質性を持ち込み、現実と虚構の境界が交錯する世界を描いてきた作家です。本展で紹介する《NOBODY》は、ロンドンに暮らす友人宅で展示をする機会から生まれた作品です。日常のリズムの中にラクダや馬たちの霞んだ影が徐々に現れ、存在と不在との境界を曖昧にしていきます。その光景は、作家だけが見たであろう幻であるにもかかわらず、鑑賞者にとってもどこかで見た風景のように、あるいはいつか見た夢のように感じられます。白黒のみで表現するという選択は、映像を特定の時間や場所から切り離し、鑑賞者それぞれの記憶や夢と結びつけることで、新たな世界を開いていく余白を生み出しているのかもしれません。 

 

竹川宜彰は、平面、立体、インスタレーションと多岐にわたる手法で、社会や政治の渦中にある問題を考察してきた作家です。竹川はかねてより、猫を主人公に足尾銅山の近代産業史を描くシリーズに取り組んでおり、そのリサーチを進める中で、アナキスト石川三四郎へと関心を広げていきます。大逆事件を機に投獄され、その後渡欧した石川は、フランスでジャガイモを育てながら暮らし、デモクラシーを「土民生活」と訳して、農業を通じた民主主義や共同体のあり方を模索した人物でした。石川について調べていたちょうどその頃、「石油原料節約パッケージ」と銘打たれたポテトチップスが店頭に並びます。戦争が世界の均衡を崩し、その余波が遠い国のパッケージの色にまで及ぶ今だからこそ、暮らしの単位から社会のあり方を見つめ直した石川の思想が、ジャガイモとポテトチップスという意外な繋がりを介して、竹川の中で現在と結びつきました。

Works